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ダーウィンの日記1832年1月1日から5日 [ダーウィンの日記(I)]




ダーウィンの日記(テネリフェまで)

[日記仮訳]

(1832年)1月1日[1831年12月27日に英国プリマスを出発してから5日後]
この新年は私の[船酔いによって]ゆがんだ感覚からすれば最も憂鬱な様相を持っていた。 午前中はだいたいは静かだったが、長い[波長の]うねりが海面にはあった。夕方には強めの風が私たちに向かって吹いた。 今日とそれに続く3日間は大変な絶えざる苦しみの日々であった。

月曜日 2日
悪天候。私は消耗のためもうほとんど気を失わんばかりだった。
[注釈] ダーウィンがこれらの部分の日記を書いたのは1月5日になってからです。 この時期、1832年1月1日から後数日間、強い風が吹き続け、フィッツロイ艦長の記録によれば、このあと1月4日まで北または西からの風力6~8の強い風が吹いています。特に2日の午後4時には風力8の北北西の風が吹き、すくなくともその深夜まで風力7の風が吹き続けたとのことです。

3日
私たちはエイト・ストーンズ[注]を探したが、海図にそれらが示されている地点を通り過ごした。ひょっとしたらその起源は火山性のものだったのでその後見えなくなったのかもしれない。
[注] エイト・ストーンズ(Eight Stones)は当時の海図に書いてあった岩だとのことですが、その後、他の船も見つけていないと、フィッツロイ艦長はその『航海記』(*)に書いています。
(*) 以下、フィッツロイ艦長の『航海記』という時は、次のものを指します..
Robert FitzRoy,"Narrative of the surveying voyages of His Majesty's Ships Adventure and Beagle between the years 1826 and 1836, describing their examination of the southern shores of South America, and the Beagle's circumnavigation of the globe", Volume II. London: Henry Colburn,1839.

4日
夜のうちに進路を変えて夜明けにポルト・サント[注]を見た。数時間してマデイラ[*注]を西にしつつ通り過ぎた。そこの投錨地は[条件が]悪く上陸が難しいので、そこに到達するために無駄な努力をして風上にむかうことが価値あるとは考えられなかったのだ。それで私達はテネリフェ[カナリア諸島]に向かって舵をきった。
[注]Porto Santo;マデイラ諸島のなかの有人の島のひとつ。
[*注]マデイラ諸島のもうひとつの有人の島。

私は船酔いがひどかったので、マデイラ島の12海里[22.24km]以内にはいった時、それを見るためにさえ起き上がる事ができなかった。夕刻にはいくぶん良くなったが、かなり疲れた。

5日
この午前中、ピトン・ロック(Piton rock)から数海里の所を通過した: サベージ諸島の最南端である: それは荒々しい屹立した無人島だ。

正午に私達はテネリフェ[カナリア諸島の島のひとつ]から100海里[英国式の海里;185.3km]の所にいた。
この日はいい天気で、私はだいぶ気分がよくて楽しむ事ができた。 大気は温和でなにか英国の春の日のようだった。しかしここでは空はずっと明るく空気ははるかにきれいだ。
海にはとても[波長の]長い穏やかなうねりがあり、太平洋で見られるようなうねりだ。 海はその平らな外見をなくして起伏する平原によりいっそう似ていた。

[地図]
1) 1832年1月2日正午のビーグル号の位置..

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2) 1月5日正午のビーグル号の位置

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[天候]
1832年1月2日午後4の天候:
北北西風、風力8、霧、全天曇り、スコール、気温華氏56度(摂氏13.3度)、水温華氏59度(摂氏15度)。

5日正午の天候:
北西微北の風、風力4、雲を伴う青空で視界は良好、気温華氏64度(摂氏17.78度)、水温華氏68度(摂氏20度)。
以下天候情報の出典は次のものです: Robert FitzRoy,"Narrative of the surveying voyages of His Majesty's Ships Adventure and Beagle between the years 1826 and 1836, describing their examination of the southern shores of South America, and the Beagle's circumnavigation of the globe", Appendix to Volume II. London: Henry Colburn,1839.

[参考画像] 風力7~8の強疾風の吹き始め..
gale78.jpg
(犬吠埼沖 2006-10-25 07:40)

[日記原文]
January 1st
The new year to my jaundiced senses bore a most gloomy appearance. — In the morning almost a calm, but a long swell on the sea. — in the evening it blew a stiff breeze against us.- This & three following days were ones of great & unceasing suffering. —

Monday 2nd
Heavy weather. — I very nearly fainted from exhaustion.

3rd
We looked for the eight stones & passed over the spot where they are laid down in the charts. — Perhaps their origin might have been Volcanic & have since disappeared.

4th
We heaved to during the night & at day break saw Porto Santo, in few hours we passed Madeira, leaving it on our West. — As the anchorage there is bad & the landing difficult, it was not thought worth while to beat dead to Windward in order to reach it. —accordingly we steered for Teneriffe. — I was so sick that I could not get up even to see Madeira, when within 12 miles. — in the evening a little better but much exhausted. —

5th
Passed this morning within a few miles of the Piton rock: the most Southern of the Salvages[sic]: it is a wild abrupt rock & uninhabited. —

At noon we were 100 miles from Teneriffe. — The day has been beautiful & I am so much better that I am able to enjoy it; the air is very mild & warm: something like a spring day in England, but here the sky is much brighter & atmosphere far more clear. — There was a very long gradual swell on the sea, like what is seen on the Pacific: The ocean lost its flat appearance & looked more like an undulating plain. —

["ダーウィンの日記(I)"について]
ここで扱っているのはダーウィンがビーグル号で航海に出る直前と航海中の時期の日記のうち、1831年10月24日から1832年9月14日までの分の記事です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。普通は全文を訳します。
[日記原典] "Charles Darwin's Beagle Diary" ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.



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