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ダーウィンの日記1831年12月27日と28日 [ダーウィンの日記(I)]

ダーウィンの日記(プリマス湾から出発)

[日記仮訳]

[1831年12月]27日

私は、[1832年の]1月5日現在、先週の私の苦痛の覚え書きを書いている[注]
[注]これから数日の日記記事はダーウィンが1832年の1月5日になってからまとめて書いたものです。

とても良い日だ。長く望まれてきた東の風が吹いている。
錨を11時に揚げ、難しいタッキングをして出発した。
海軍弁務官ロス大佐が私たちとともにヨットで帆走した。サリヴァン大佐と私はお別れの昼食会をマトン・チョップとシャンパンで行い、そのためだと思うが、英国を去るにあたっての感傷はなかった。

防波堤[Breakwater]の外で私たちは大体2時にビーグル号に合流した。その直後すべての帆が微風で満たされ、私たちは7~8ノット[時速約12.97km/h~14.83km/h]の速度で疾走した。
私はこの夕は船酔いではなかったが早めに就寝した。

28日
朝起きたら、8ノットの風で走っていた。すぐに船酔いになり、一日中そのままだった。
私の頭は不愉快なことに、クリスマスの日に[乗組員に]許された耽溺が原因となって引き起こされた何人かの乗組員の無礼のかどでの鞭打ちのことで一杯だった。私はこれで彼らの罪深い泥酔とその結果としての無礼が多少なりとも許されるかどうか疑問に思う。

[注釈]
ビーグル号の出帆したプリマス湾から14海里程の沖にある岩礁にエディストーン灯台(Eddystone Lighthouse)が立っています。フィッツロイ艦長の書いた記事には27日午後6時に"エディストーンが見えなくなった"との記述があります。


[画像] 当時のエディストーン灯台..
eddystone.jpg
出典:encyclopaedia britannica

地図表示におけるマップポインターについての一般的注意(2009年9月27日に付記): 緑色のマップポインターが筆者(ブログ作成者)の意図する地点を指しているものです。
2009年半ばからGoogle Mapsのソフトウェアの仕様が変化して、 ブログを書いた当初の筆者の意図に関わりなく"A"のマップポインターが自動的にその図において代表的な地点を示すものとして別の地点を指し示し、他方で筆者が意図する地点は緑色のマップポインターが示しているという形になってしまいました。この場合"A"の地点は一般には記事とは無関係なものとなっています。(ただし、たまたま"A"の地点と筆者の意図する地点がほぼ一致しているという場合もあります。)
ブログ記事アーカイヴにおいて気の付く限りマップポインターへの言及を現在修正しつつあります。まだ全てには手が回りかねますので、過去記事をお読みいただくときは地図表示のマップポインターに留意されたく思います。念のために繰り返しますと、まれに"A"のマップポインターがたまたま意図するものに一致する場合もありますが、原則としてのマップポインターが筆者の意図するものです。


[地図1] エディストーン灯台(Eddystone Lighthouse)の位置..

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[地図2]
1831年12月28日午後2時のビーグル号の位置(緑色のマップポインターの方; "A"というマップポインターは記事とは全く無関係でGoogle Mapsに自動的に表示されるもの)..

以下ビーグル号の位置を示す場合、原則としては特に但し書きがない場合はフィッツロイ艦長の著した『航海記』[注]が出典となります。地図の縮尺は適宜変えて見てください。
[注]Robert FitzRoy,"Narrative of the surveying voyages of His Majesty's Ships Adventure and Beagle between the years 1826 and 1836, describing their examination of the southern shores of South America, and the Beagle's circumnavigation of the globe", Appendix to Volume II. London: Henry Colburn,1839.

[日記原文]
27th
I am now on the 5th of Jan.y writing the memoranda of my misery for the last week. A beautiful day, accompanied by the long wished for E wind.- Weighed anchor at 11 oclock & with difficulty tacked out.- The Commissioner Capt Ross sailed with us in his Yatch. — The Capt Sullivan & myself took a farewell luncheon on mutton chops & champagne, which may I hope excuse the total absence of sentiment which I experienced on leaving England. — We joined the Beagle about 2 oclock outside the Breakwater, — & immediately with every sail filled by a light breeze we scudded away at the rate of 7 or 8 knots an hour. — I was not sick that evening but went to bed early. —

28th
Waked in the morning with an eight knot per hour wind, & soon became sick & remained so during the whole day. — My thoughts most unpleasantly occupied with the flogging of several men for offences brought on by the indulgence granted them on Christmas day. — I am doubtful whether this makes their crime drunkedness & consequent insolence more or less excusable.

["ダーウィンの日記(I)"について]
ここで扱っているのはダーウィンがビーグル号で航海に出る直前と航海中の時期の日記のうち、1831年10月24日から1832年9月14日までの分の記事です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。普通は全文を訳します。
[日記原典] "Charles Darwin's Beagle Diary" ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.








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